民主党政権誕生へのカウントダウン.1 08年9月23日からの分析【検証】
小泉政権後、安倍、福田と短期間に政権を投げ出してしまう事態に陥ってしまうのが自民党だった。
後継の麻生政権も、福田首相から幹事長への禅譲であり、その任期さえ1年ほどのものだった。
麻生氏と自民党の今後
2008年09月23日 07時20分27秒 | 批評
自民党で歴代の幹事長が総裁となったのは、「1978年の大平正芳、このときの総裁は福田赳夫」、「1987年の竹下登、このときの総裁は中曽根康弘」、「2000年の森喜朗、このときの総裁は小渕恵三」と、3つしかない。
あの田中角栄ですら、幹事長の要職は利用しなかったのである。
1978年の大平総裁後は、田中派の派閥政治が自民党を牛耳ることとなり、金権政治が大いに批判されることとなる。
1987年の竹下総裁では、リクルート事件が発覚。竹下自身の疑惑も追及され、秘書で金庫番といわれた青木伊平が自殺。結局、1989年に内閣総辞職に追い込まれた。
2000年の森総裁では、野党から衆議院本会議において森内閣不信任決議案が提出されたとき、加藤紘一と山崎拓らの自派閥が本会議を欠席するという事態となった。加藤の乱である。加藤に従った者は一部にとどまり、森首相退任には至らなかったが、国民の支持率は低いままで就任から1年で首相を退任となった。
こうも幹事長が総裁になるとは異常な事態であり、その後は自民党にとって健全な党運営とならないばかりか、その傷口の深さから党分裂の原因そのものとなってしまうのである。
自民党の方針などお構いなしに、郵政民営化4分社化の見直しの議論をし始める。かんぽの宿問題では、鳩山邦夫総務相を更迭しなければならなかったのに、だ。
小泉氏、怒る。
2009年02月13日 05時55分50秒 | 政治
デフレから転換して、徐々に景気が回復してきた当時、郵政民営化の必要を感じていなかったのは反対派だけだった。
おそらく麻生氏も、景気が良いのに何で行政改革をしなければならないのか、よく分かってなかったのではないか。
民営化以前は、郵便事業の赤字を貯金事業が支えるという構造で、それでも全体は赤字であった。それで国鉄の二の舞にならないその前に民営化を決断したのだ。
4分社化は、事業事に独立採算を目指すための案であり、効率の問題ではない。分かり切った話であった。それなのに麻生首相は「国民は知らない」などと言い出す。誰でも「何を言っているのだ」と言いたくなるのは当然だ。
ここでも過去の分析が当っていることを検証できる。
麻生首相の分析
<< 作成日時 : 2008/09/27 08:22 >>
また前前前政権ではあるのだが、そんな小泉改革を引っ張り出し批判をするのは、自己アピールのためのものである。
とにもかくにもこの自信過剰さは、過去の対人関係も考慮しないというほどで、利己的に邁進しようとしているようだ。
郵政民営化の見直しも、現在の民主党と同様の自治労全体の票を狙ってのことだ。
麻生政権、衆院選大敗、分析【検証】
2009年09月04日 07時51分23秒 | 検証
郵政民営化のプロセスを凍結し、行政改革もしない。それで景気対策として定額給付金などのばらまきを続ける。行政改革が一番の税金の節約になるのにそれをしないで、財政改革は消費税増税だという。この論理に多くの国民は驚いたに違いない。
戦後政治をリードしてきた大きな政党にして、首相を支えるはずの幹事長が次期総裁となることは、あまりにも権力的なことである。幹事長とは、立候補者に対する公認権を持ち、党財政も管理しているため、選挙が間近であるのなら、なおさら誰も批判しにくくなる。これほど非民主的なことはない。だからこそ自民党の歴史でも、幹事長が総裁となるのは、ひじょうに特異な理由での3度だけだったのだ。
しかし、ここにも権力丸出しの政党がある。
西松献金疑惑で代表を辞任したときの幹事長が現代表で、次期首相であり、その元代表が現幹事長になるという。真の民主主義はまだ遠いようだ。
そして、このときから将来・未来を見上げれば、やはり幹事長が首相になるという権力丸出しの行動とは確かに、党内に深い傷を残す原因となるのだ。
代表・首相交代で支持率回復?6月7日(月)のつぶやき
2010年06月08日 01時19分41秒 | 批評
退陣、小沢幹事長と2度相談…鳩山発言全文5
鳩山退陣
この問題をめぐって、私自身もこの職を引かせていただくことになりますが、あわせてこの問題は小沢幹事長にも、政治資金規正法の議論があったことも、皆様方周知のことでございます。
先般2度ほど、幹事長ともご相談を申し上げながら、「私も引きます。しかし、幹事長も恐縮ですが、幹事長の職を引いていただきたい。そのことによって、新しい民主党、よりクリーンな民主党を作り上げることができる」と申し上げました。幹事長も、「分かった」とそのように申されたのでございます。
民主党主導による鳩山連立政権は1年も続かなかったのである。
後継の麻生政権も、福田首相から幹事長への禅譲であり、その任期さえ1年ほどのものだった。
麻生氏と自民党の今後
2008年09月23日 07時20分27秒 | 批評
自民党で歴代の幹事長が総裁となったのは、「1978年の大平正芳、このときの総裁は福田赳夫」、「1987年の竹下登、このときの総裁は中曽根康弘」、「2000年の森喜朗、このときの総裁は小渕恵三」と、3つしかない。
あの田中角栄ですら、幹事長の要職は利用しなかったのである。
1978年の大平総裁後は、田中派の派閥政治が自民党を牛耳ることとなり、金権政治が大いに批判されることとなる。
1987年の竹下総裁では、リクルート事件が発覚。竹下自身の疑惑も追及され、秘書で金庫番といわれた青木伊平が自殺。結局、1989年に内閣総辞職に追い込まれた。
2000年の森総裁では、野党から衆議院本会議において森内閣不信任決議案が提出されたとき、加藤紘一と山崎拓らの自派閥が本会議を欠席するという事態となった。加藤の乱である。加藤に従った者は一部にとどまり、森首相退任には至らなかったが、国民の支持率は低いままで就任から1年で首相を退任となった。
こうも幹事長が総裁になるとは異常な事態であり、その後は自民党にとって健全な党運営とならないばかりか、その傷口の深さから党分裂の原因そのものとなってしまうのである。
自民党の方針などお構いなしに、郵政民営化4分社化の見直しの議論をし始める。かんぽの宿問題では、鳩山邦夫総務相を更迭しなければならなかったのに、だ。
小泉氏、怒る。
2009年02月13日 05時55分50秒 | 政治
デフレから転換して、徐々に景気が回復してきた当時、郵政民営化の必要を感じていなかったのは反対派だけだった。
おそらく麻生氏も、景気が良いのに何で行政改革をしなければならないのか、よく分かってなかったのではないか。
民営化以前は、郵便事業の赤字を貯金事業が支えるという構造で、それでも全体は赤字であった。それで国鉄の二の舞にならないその前に民営化を決断したのだ。
4分社化は、事業事に独立採算を目指すための案であり、効率の問題ではない。分かり切った話であった。それなのに麻生首相は「国民は知らない」などと言い出す。誰でも「何を言っているのだ」と言いたくなるのは当然だ。
ここでも過去の分析が当っていることを検証できる。
麻生首相の分析
<< 作成日時 : 2008/09/27 08:22 >>
また前前前政権ではあるのだが、そんな小泉改革を引っ張り出し批判をするのは、自己アピールのためのものである。
とにもかくにもこの自信過剰さは、過去の対人関係も考慮しないというほどで、利己的に邁進しようとしているようだ。
郵政民営化の見直しも、現在の民主党と同様の自治労全体の票を狙ってのことだ。
麻生政権、衆院選大敗、分析【検証】
2009年09月04日 07時51分23秒 | 検証
郵政民営化のプロセスを凍結し、行政改革もしない。それで景気対策として定額給付金などのばらまきを続ける。行政改革が一番の税金の節約になるのにそれをしないで、財政改革は消費税増税だという。この論理に多くの国民は驚いたに違いない。
戦後政治をリードしてきた大きな政党にして、首相を支えるはずの幹事長が次期総裁となることは、あまりにも権力的なことである。幹事長とは、立候補者に対する公認権を持ち、党財政も管理しているため、選挙が間近であるのなら、なおさら誰も批判しにくくなる。これほど非民主的なことはない。だからこそ自民党の歴史でも、幹事長が総裁となるのは、ひじょうに特異な理由での3度だけだったのだ。
しかし、ここにも権力丸出しの政党がある。
西松献金疑惑で代表を辞任したときの幹事長が現代表で、次期首相であり、その元代表が現幹事長になるという。真の民主主義はまだ遠いようだ。
そして、このときから将来・未来を見上げれば、やはり幹事長が首相になるという権力丸出しの行動とは確かに、党内に深い傷を残す原因となるのだ。
代表・首相交代で支持率回復?6月7日(月)のつぶやき
2010年06月08日 01時19分41秒 | 批評
退陣、小沢幹事長と2度相談…鳩山発言全文5
鳩山退陣
この問題をめぐって、私自身もこの職を引かせていただくことになりますが、あわせてこの問題は小沢幹事長にも、政治資金規正法の議論があったことも、皆様方周知のことでございます。
先般2度ほど、幹事長ともご相談を申し上げながら、「私も引きます。しかし、幹事長も恐縮ですが、幹事長の職を引いていただきたい。そのことによって、新しい民主党、よりクリーンな民主党を作り上げることができる」と申し上げました。幹事長も、「分かった」とそのように申されたのでございます。
民主党主導による鳩山連立政権は1年も続かなかったのである。
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